掬水へんろ館遍路日記第4期前日翌日談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第4期くしまひろし

第1日(4月29日) 平田駅(宿毛市平田町)〜岡本旅館(城辺町豊田)

ドリーム高知
ドリーム高知
4月29日、バスは定刻より15分早く、7時ちょうどに高知駅に到着した。

駅のトイレで歯を磨く。コンビニで買ったサンドイッチで朝食。白衣を身につけ、杖や笠を袋から出して、いよいよ僕は遍路となる。

あしずり1号

8時10分発、土讃線あしずり1号の指定席に乗る。この電車は、高知から中村、宿毛方面に向かう特急としては始発電車である。改札を通ってホームに入ると、ほかにも遍路姿の人が電車を待っていた。

指定車には、大きなザックを背負った40歳前後の夫婦らしき遍路が乗り込んだ。上から下までバッチリ決めた遍路姿である。笠をザックにぶら下げ、頭には二人ともおそろいの手拭いをきっちり巻いている。僕の3列ぐらい前の座席に座った。また、自由席車両には、杖を持ち、上だけ白衣の中年女性ふたり連れが乗った。こちらは軽装なので、乗物遍路なのだろう。

電車は須崎、土佐久礼など前回の遍路でなじみとなった地名の駅を過ぎる。晴天の田園地帯は田植えの真っ最中。あちらこちらに鯉のぼりがたなびいている。

最初の停車駅の旭(あさひ)から乗ってきた中年の男性1人、女性2人のうちの男性が僕の隣の席にかけて、缶ビールを飲み始めた。

缶ビールの男性の話

窪川で予土線に乗り換えて江川崎(えかわさき)に行くんだ。四万十川上流のトロッコ列車に乗る。50分ぐらいかな。気持ちがいいよ。
新しいはりまや橋は見た? ガッカリ名所で有名だったけど、周りを公園にして新しくしたし、昔の欄干もおいてある。ぜひ一度見るといい。

窪川で彼らがおりると、電車はそのまま、第三セクターの土佐くろしお鉄道に入っていく。この先の中村から終点の宿毛(すくも)までは、去年の秋に開通したばかりだ。以前は、乗物で39番延光寺に行くには中村からバスに乗るのが普通だった。

10時過ぎ、電車は平田駅に到着。夫婦遍路は席を立つ様子がない。そのまま宿毛まで行くのだろう。

平田では、自由席に乗っていた女性二人連れの軽装遍路が一緒に降りた。
「39番延光寺に行くバスはどこから乗るのかご存じですか」
と尋ねられた。バス停の場所は知らないので、
「歩いても30分ぐらいですよ」
と答えたが、彼女たちは歩く気はないらしい。僕が、駅の待合室で身繕いをしている間に、駅員兼売店売り子の女性に尋ねて、国道の方に出て行った。

延光寺入口
延光寺入口
ここは、前回の終点である。まだ4カ月も経っておらず、周囲の風景も記憶に新しい。10時10分、歩行開始。国道を歩いて20分ほどで、延光寺への登り口に着く。前回お参りしているので、今回は国道からお寺の方に向かって拝んだだけで済ます。続けて宿毛へ向けて歩く。国道から右に分かれて県道4号に入り宿毛大橋を渡ると市街地に入る。

平和食堂

そろそろ昼なのでこの町で昼食をとることにして、食堂を探す。賑やかな町なのになかなか手頃な店がない。今日は休日なので店が休みだったり、開いてる店はトンカツ屋だったり高級料亭だったりして、入りそびれた。「初日から非常食か」とため息をつく。こうした事態に備えてカロリーメイトとピーナッツを携行しているのだ。だが幸い平和食堂という店が開いていた。国道を横切り、町並みが寂しくなりかけたところにあっておばあさんが一人でやっている店である。

ちょうど12時だった。カウンタに並んだ皿の中から好きなおかずを自分で選ぶ。煮魚とおひたしを取って席につくとご飯と漬物をおばあさんが持ってきてくれる。味噌汁は注文しないと出ない。のどが渇きそうなのでやめておいた。

先客はおじさんが一人。僕の遍路姿を見てさっそく話しかけてくる。

先客のおじさんの話

ずっと歩いているのか。偉いなあ。今日はどこまで行くの。観自在寺の辺まで行けば、宿は一杯あるよ。もっと手前? 一本松のあたりだったら、あけぼの荘がいいよ。町営で安いし、風呂が温泉なんだ。冷泉を沸かしてるんだけどね。

知っていればそこにしたかもしれないが、残念ながら今日の宿は予約済だ。観自在寺の4キロほど手前の岡本旅館だ。また、地図で確認すると、あけぼの荘は国道56号沿いにあって、僕が歩く予定の松尾峠越えの旧道とは離れている。

ちょうど昼時なので、常連らしいお客さんが次々に入ってきて、せまい食堂は小上がりも含めてあっという間に満席になってしまった。今日は休日だが、近所の事務所や工場で働いている人々のようだ。

ご飯についていた大粒の梅干しがトロンとして美味しかった。

さっそくの迷い道

店の水道で水筒代わりの500ccのペットボトルを満タンにし、12時25分出発。

市街地から郊外に出るときというのは道順に要注意である。「四国遍路ひとり歩き同行二人」(へんろみち保存協力会)の地図と首っ引きで歩く。ところが、目印のホテルの位置などが地図とは微妙に違う。道順は合っている筈だと思う。きっと地図の印刷がずれているか、ホテルが移転したのだろうなどと勝手に解釈して歩を進めた。道は郊外へ出て、しばらく一本道、でも何だか海の方に向かっていくようだ。ふと標識を見ると、何と何と、僕は国道321号を足摺岬に向かって歩いていることに気づいた。これじゃ38番に逆戻りである。

肝をつぶして引き返す。間違いの元となった大きな道路が交錯している一帯に通行人の姿はない。やっとガソリンスタンドに人影をみつけて尋ねると、若いステーションマンが、親切に教えてくれた。やれやれ。

地図持って 堂々巡り へぼ遍路

松尾峠

へんろ道
へんろ道
農道の左右には桃の木が並び、付きはじめた若い実に袋がかぶせてある。思えば、初めての遍路、2年前の5月に霊山寺から歩いたときも桃畑を目にした。同じ季節の感触に、思い出が生々しくよみがえる。

あのときは、リフレッシュ休暇に風変わりなことをしてやろうというぐらいの、とりあえず1週間だけの冒険の積もりだった。今回は回を重ねて4回目の遍路で、距離的には後半に差しかかろうというところだ。飽きっぽいはずのこの僕がここまで来てしまったということに、自分でも驚いている。

しきりとウグイスの鳴く、落ち葉の厚く積もった起伏の少ない山道を、再び「お四国さん」として過ごす幸福感を胸一杯に吸い込みながら元気よく進む。

13時50分、松尾峠への上り口に到着。「四国のみち」の大きな地図が立っている。この地図の示す方向と、すぐ隣に立っているへんろ道しるべの方向は反対のような気がした。首をかしげつつも、道しるべに従って歩いた。結局、しばらく後で合流したようだ。

14時ごろから霧雨となったが、雨具を使うほどではない。山道の登りにかかる。初日から標高約300メートルの峠越えである。途中、2度ほど休憩しながら、14時55分、松尾峠の「茶屋跡」に到着した。

宿毛湾 松尾峠の休憩所
宿毛湾 松尾峠の休憩所
昭和初期までここに茶屋があって、駄菓子やだんごが売られていたという。「旅人たちはしばし一服して眼下に広がる宿毛湾の絶景に疲れをいやした」と立て札にある。残念ながら、今日、茶店はないが、その代わり、少し愛媛県側に入ったところに立派な「四国のみち」の休憩所がある。

ここは高知県と愛媛県の県境でもある。これで長かった土佐の国・修行の道場を終えて、伊予の国・菩提の道場に入るわけだ。

今日の山場は越えたという安堵感を覚えながら、なだらかな山道を降りていくと30分あまりで車道に出た。

軽乗用車で走行してきた老人がわざわざ車を止め、窓から顔を出して
「高知から山を越えて来なさったか」
と話しかけてきた。
「これが旧道じゃ。うん、歩いているとは偉いのう。」
まだ話したそうにしていたが、交通の邪魔になると思ったのか、
「気をつけてな」
と言って去っていった。遍路で歩くということは、例えこちらが遊び半分であっても、出会う人々の心の中に何かを呼び起こすのだろう。遍路に来るたびにそのことを感じ、その感じが、また僕の心の中に何かを呼び起こしている。

一本松の中心部への国道56号にそった遍路コースは、工事の跡も生々しい広い道路と旧道とが交互に続く。へんろ道しるべを見逃さないように注意していれば何とか進行できるものの、起承転結のない文章を読んでいるような苦痛を覚えて、ひどく疲れた。

路傍の冷蔵庫

路傍の冷蔵庫
路傍の冷蔵庫
16時過ぎ、一本松商店街を抜け、県道299号を今宵の宿、岡本旅館へと向かう。

道路脇の不思議な光景に首をひねった。家の軒先や庭の入口に古びた冷蔵庫がおいてあるのだ。1軒だけなら、粗大ゴミかと思うだろう。だが、こうした光景に何度も出会うと、好奇心が湧いてくる。まさか、歩き遍路のためにお接待の飲物が入っているというわけでもないだろう。電源が通じている様子もないのだ。

ついに、僕の好奇心が自制心に打ち勝った。ある家の前の冷蔵庫の前に立ち止まる。周囲を見回して誰も見ていないのを確認。そして、そーっと、その冷蔵庫の扉を開けてみた。そこには、全く予想しないものが入っていた。食べ物や飲物ではなく、畳んだ新聞紙だった。なんだ、ゴミか…と扉を閉めかけたが、その新聞はどうも新しい。手にとって日付を確かめると、何と今日の新聞である。今日の新聞がきちんと畳んで置いてあるということは…? そうなのか。これらの不思議な路傍の冷蔵庫は、いかなる風雨にも耐えるぜいたくな郵便受けだったんだ!

不眠

岡本旅館
岡本旅館
17時45分、岡本旅館に着いたときには、もう日も暮れかかっていた。

他のお客はもうみんな到着しているようで、風呂も沸いていてすぐ入れるし、食事は部屋に並べてある。焼肉に、カツオ、天ぷら、酢の物と充実した豪華な献立だ。だが、とにかく一休みしないと何もする気がしない。ポットからお茶をいれてがぶがぶ飲む。

入浴、食事のあと、洗濯機を借りて今日1日着たものを洗濯する。

ふとんに寝ころんで、22時からのNHKのドラマ『おじさん改造講座』の最終回を見た。別に自分のおじさん度を改造したいと思っているわけじゃない。『青春の門』の頃から、大竹しのぶが好きなんだ。

さて、遍路にしては夜更かしをしてしまったと思い、ドラマが終わったらさっさとふとんをかぶって目をつぶったが、少しも眠れない。宿についてから、お茶を飲み過ぎたせいだろう。ますます目が冴えてくる。

これではいかんと、宿の玄関にある自動販売機で缶入りのイチゴミルクを買ってきた。イチゴミルクという選択には何の根拠もないが、缶コーヒーは論外だし、コーラやファンタの類もスカっとして逆効果のような気がする。イチゴミルクは牛乳と砂糖の成分で、お茶の効力を中和できるような気がした。

暑いというほどでもなかったが、冷房も入れた。僕は仙台で育ったので、周りを寒くして頭から厚いふとんをがばっとかぶると寝付きがよいのだ。この二つの対策により、ようやく眠りにつくことができた。

38,336歩、26.4キロ。

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