掬水へんろ館遍路日記第3期前日あとがき談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第3期くしまひろし

第7日(1月2日) 安宿旅館〜延光寺(宿毛市平田町)

欄干に激突

4時55分、安宿旅館を出発。朝食は昨夜のうちに弁当にしてもらってある。

下ノ加江橋を渡って一昨日見た3分岐の道標まで戻ると、少し遠回りになる。下ノ加江川沿いに国道321号を1キロほど戻り、一つ上流の橋を渡ることにする。まだ真っ暗であり、懐中電灯だけが頼りだ。橋を見逃さないよう、周囲の様子と地図とを一々懐中電灯で照らしながら1キロぐらい慎重に歩を進める。遠くで点滅している黄信号だけがやけに明るく目立つ。その信号のところが橋に向かう交差点だった。左折して川を渡る。

地図と懐中電灯と金剛杖を手に持って歩くのは厄介である。おまけに、橋の上は杖をついてはいけない。ここから先は、県道に出たら右折してそのまま県道を行くだけなので、ひとまず地図をポケットにしまおうと思った。歩きながらちょっと下を向いていたのが不覚だった。全身で思いっきり何かに衝突、それは橋の欄干だった。その拍子に右手が欄干の外に飛び出し、その右手が懐中電灯を握っているのを知って、冷や汗が出た。危うく懐中電灯を川に落としてしまうところだった。ここで灯りを無くしたらこれ以上前進はできない。虚しく宿に戻り、夜明けを待つしかなくなってしまう。とっさに懐中電灯を持つ右手をしっかり握ったので最悪の事態は避けられた。

この出来事で、暗闇を懐中電灯一つで歩くことの危険を再認識させられた。電灯の照らす小さい部分以外の背景が目に入らないので、あっと言う間に周囲の方向感覚を失ってしまうのだ。深呼吸して体制を建て直して歩き始める。

満天の星

橋を渡ると三原村に向かう県道21号である。一気に人里から離れて山中の車道を行く。この時刻、人も車も通らない。ふと見上げれば満天の星だった。見慣れた星空とは全く違って、本当にたくさんの星がちりばめられた、思わず口をあんぐりあけて見とれてしまうような夜空である。都会ではこのような星空はプラネタリウムでしか見ることができない。だが、見とれながら歩くのは、事故の元である。さっきの教訓が身に染みているので、懐中電灯を消し、しばし空を見上げて立ち尽くす。

5時30分、真念庵への分岐点に来る。懐中電灯で道しるべを照らしてみると

右 29.4キロ 真念経由
左 31.6キロ 延光寺
左道平坦 右道登坂あり

とある。ここは計画通り、確実な左道を行く。

杖をついて黙々と歩いていると、僕の歩調に合わせて、後ろから『ひたっ、ひたっ』という誰かがついてくるような音がする。立ち止まると止まる。後ろを振り返ると文字通り一寸先は闇、懐中電灯で照らしてみても何も見えない。今日もザックに吊るしてある靴下が原因なのだ。分かっているのだがどうも気色悪い。わざわざザックを下ろして音がでないように挟みなおした。

6時10分ごろ、空が白んで来た。だんだん小さい星は見えなくなる。6時30分、初めて民家があった。明るみを増す谷間には朝もやが漂い始める。6時45分、懐中電灯を消した。朝である。

河内神社に、延光寺まであと24キロと表示がある。近くの畑から道路に上がってきたおばあちゃんから「早いな。どこから来た? 今日は天気がよくて良かったな」と声をかけられる。

下ノ加江川
下ノ加江川
車も通らず、排気ガスなしのすがすがしい朝だなあと思っていると、早速小型トラックが追い抜いて行った。農村は夜明けと共に活動が始まるのだ。

三原村に入り、美しい渓流に沿って歩く。

7時30分、つるはばしのたもとで、朝食の弁当を開く。おでんのゆで卵も入っている。じっとしていると寒いので、さっさと食事を済ませ10分ぐらいで立ち上がり歩きだす。ところどころに農家があり犬を飼っているところが多い。遍路を見て激しく吠える犬を農家のおばあちゃんがしきりと叱りつけていた。「こら、ワンワン言うもんでない」。

すっかり世が明け、周囲の山々の峰に日が当たっているのが見えるが、僕の歩いているところにはまだ日が当たらない。

2日ぶりのお天道様

天満宮
天満宮
8時52分、やっとお天道様と対面した。2日ぶりの太陽である。座るところもないが、しばし、日の当たるガードレールにもたれて休憩した。何となくホッとする。

9時20分、新築の神社、天満宮があった。ベンチもあったのでたっぷり休憩。この辺は民家も多く、歩いている僕に道路の反対側から「おへんろさんおへんろさん」とおばあちゃんが駆け寄ってきて賽銭のお接待を下さる。

牧場
牧場
11時、船ケ峠を過ぎたころ、牧場があった。県道のすぐそばからかなり急な斜面が草地になっていて、放し飼いの牛が10頭ほど草を食べている。道路に降りてくることはないのだろうか。牛に襲われたらちょっと怖い。恐る恐るカメラを向ける。牛はみんな同じ方向を向いているのが不気味である。太陽光線の関係なのだろうか。

左足の小指が新たに痛くなってきたので、道路わきの空き地のタイヤに腰をかけて休憩し、左足の小指にテーピングした。今日で最終日だから多少手抜きしてもいいのかも知れないが…。

道はやがて宿毛(すくも)市に入る。

牧場・橋・トンネル・ダム・噴水

公園 噴水のあるダム
公園 噴水のあるダム
このあたりは中筋川ダムが建設され、公園なども作られている。公園のわきの梅の木大橋を渡ると、すぐ続いて梅の木トンネル、トンネルを出るとすぐに黒川大橋、というふうに橋やトンネルが連続している。黒川大橋を渡ると、左にダムが見えた。ダムの湖水には噴水が吹き上げている。陽光の下でなかなか目を楽しませてくれる風景である。

延光寺の近くにある有名な民宿「へんくつ屋」の看板があった。『歩き4000円、車5000円。岩風呂もありますよ』と書いてある。宿毛郊外の農村地帯に入り、車の往来の増えてきた県道から分かれて旧道を行く。このへんの子供も愛想がいい。元気よくあいさつしてくれる。羽根突きをしている親子を見て、「そうだ。世間は正月なんだ」と思い出す。

前方に土佐くろしお鉄道と思われる高架が見えてくる。今日は、延光寺のお参りを済ませたら土佐くろしお鉄道に乗って高知に戻るのだ。高架をくぐってしばらく行くと国道56号に出た。左折して2キロ強で延光寺である。

初詣客で賑わう延光寺

延光寺
延光寺
13時15分、39番延光寺に到着。

初詣客で賑わっている。遍路の姿は見当たらない。納経所に行くと、住職と思われるお坊さんが墨染めの衣で正装し、その横には娘さんらしき晴着のお嬢さんが控えていた。納経をお願いすると、普通の御影の他に、青地に金色で印刷した「明石海峡大橋開通記念御影」もくれた。今年は明石海峡の開通を記念して1年間、この御影をもらえるようだ。金剛福寺では大晦日のうちに納経してしまったので普通の御影だけだった。

四国霊場は、明石海峡の開通で活気づいているようで、納経帳についても、普通は300円なのだが、500円払うと金粉入りの墨で書いてもらえるということを聞いた。

納経所で、最寄り駅の平田駅の場所を尋ねた。「どこから来たか」というので、「下ノ加江から三原村を通って来た」というと、「途中にあったでしょ」と不思議そうな顔をしている。よく聞くと、県道沿いにあるようだ。僕は途中から旧道を通って来たので気がつかなかったのだ。住職は「歩いて20分ぐらい」と言うが、隣でお嬢さんが「え?」という顔をして首をかしげている。

平田駅
平田駅
13時55分出発、県道の入口にあるレストラン「スワロー」に14時25分到着。平田駅が見えている。やはり20分では無理。ここで遅い昼食を済ませる。

14時50分、平田駅着。真新しい駅舎である。売店には販売員の女の子がいたが切符売場の窓口には誰もいない…と思ったら、売店の女の子が駅の窓口も兼ねているのだった。第三セクターだからできることなのだろう。無愛想なオジサンよりよっぽど良い。

この路線は10月1日に開通したばかりだ。中村までは昭和45年に通じていたのだが、その先、宿毛までの23.6キロは、昭和49年に着工してから国鉄再建などの紆余曲折があり、実に23年後の今、ようやく開通したのだという。昨日泊まった安宿旅館の玄関の古新聞の中に偶然その日の新聞があったのだが、「340億円を投じた」「長年の悲願」といった言葉が並んでいた。

この鉄道のおかげで、僕も簡単に延光寺を区切りとすることができたのである。

平田駅の待合室で、旅装を解き、洗面所で足を洗い、俗世の姿に戻った。

54,724歩、33.6キロ。


日常へ

各駅停車
各駅停車
平田駅15時29分発各駅停車にて中村へ向かう。この電車は1両編成である。後ろから整理券を取って乗り、前から降りるとき料金を払う。つまりワンマンバス形式である。なお、時間帯によっては平田駅に止まる特急もある。

中村からは、16時5分発の特急南風16号で高知へ。こちらは3両連結、うち自由席2車両、指定席1車両で、指定席車両の方は真ん中で普通席とグリーン席に分かれている。

17時53分、高知駅着。夜行バスの出発時刻19時50分までは、まだ2時間近くある。

まず、夜行バスの出発所を確認し、おみやげを買い、そして、夕食だ。ギョーザにビールという感じの思いっきり俗な夕食にしようと思って、高知駅周辺を歩き回ってみたが、ホテルや銀行ばかりで庶民的な店がない。たまにあっても正月休みである。高知ホテルの前を通りかかったとき、ちょうどホテルから品のよい中年夫婦が出てきて、僕を見て手を合わせて拝むのでびっくりした。そうか。白衣は脱いだが、笠と杖を持っているので、僕は外からみるとまだ遍路なのだ。心の着替えは済んでいたのでとっさにどきまぎして、あいまいな会釈を返してだけですれ違ってしまった。

反省して、ザックと笠をコインロッカに預けることにする。杖は入らないので、コインロッカの上に載せておいた。盗む人もいないだろう。これでようやく、すっかり普通の人の姿になり、結局駅ビルの1階にある喜多方ラーメン「めん小町」に入った。

隣に労務者風のおじさんが来て、日本酒をちびりちびりとやり始めた。お銚子のお代わりを持ってきたおばちゃんに「サンキュー」と言ったものだから「へえー、サンキューだって。おじさんインテリなんだ」なんて店中が湧く。遍路中だったら一緒になっておしゃべりの輪に入ったかも知れないが、既にいつもの寡黙なオジサンに戻っていた僕は、その騒ぎをよそに一人黙々とジョッキを傾けるのであった。

帰りの夜行バスは、土佐電鉄と小田急電鉄の相互運行の「ブルーメッツ号」である。

翌朝、1月3日7時15分、新宿着。定刻より15分早い。

9時帰宅。

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