掬水へんろ館遍路日記第3期前日翌日談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第3期くしまひろし

第5日(12月31日) 安宿旅館〜金剛福寺(土佐清水市足摺岬)

道標
道標
今晩は足摺岬に泊まり、明晩はまたこの安宿旅館に泊まる予定である。ご主人から着替えと雨具以外の荷物をおいて行けばいいと熱心に勧められた。だが、歩き遍路はいつ予定変更を余儀なくされるか分からない。結局全部持っていくことにした。

7時25分発。

とんびのピーヒョロヒョロと鳴く声がしきりである。宿を出てすぐに、下の加江橋を渡る。前の札所の岩本寺、次の札所の金剛福寺、そしてその次の延光寺への三分岐の道標あった。金剛福寺のあとはここまで戻って延光寺に向かうのだ。戻らずに足摺岬の西を北上し竜串を経由していくコースもあるが、こちらは1日余分にかかる。

道路脇にぽんかんの良心市が多い。良心市というのは、道路脇に木で作った屋根付きの小箱があり、代金を箱に入れるようになっている無人の販売所である。しかし、一袋5個〜10個ぐらい入っているので、歩き遍路には利用しづらい。

迷い道くねくね

久百々橋
久百々
久百々(くもも)橋を渡り、国道から分岐する遍路道の道しるべがあった。海に突き出た丘の周囲を国道は海岸沿いに走っているが、遍路道は丘を突っ切っていく。早速、農家の間を通る古い道に入っていく。農家の庭にはポンカンの木が多い。実はたわわに実り、熟した実がたくさん下草の上に転がっている。

道はだんだん細くなり、人里を離れてくねくねと蛇行しながら山に登っていく。だんだん不安になる。道しるべはないが、確かに道なりに来たつもりだ。だが、道は遂に小高い丘の頂上に到達した。そこから先に道はない。

違う道に迷い込んだことは確かだ。あきらめて引き返す。下り一方の山道をかけおりて10分ぐらいで国道の近くまで戻った。1キロぐらい迷いこんだことになる。

大岐海岸
大岐海岸
9時10分、大岐(おおき)海岸を見下ろす国道沿いの休憩所のベンチで小休止とした。眼下に伸びる海岸と、とても冬の海とは思えない青い太平洋が美しい。車の観光客もここで車を止めて、海を背景に記念撮影などしている。彼らにとっては、遍路姿が珍しいらしく、好奇の視線を感じて来たので、早々に立ち去ることにした。

自転車遍路

自転車遍路
自転車遍路
歩きはじめて少しいくと、向こうから正装の遍路が自転車を押して来るのに出会った。ピカピカの真新しい自転車である。

岡山のコンドウさんの話

今回は35番から歩き始めたのだが、足が痛くて歩けないので、2日目に自転車を買った。きのうは、土佐清水のバス停で野宿して、きょう足摺岬を回ってきた。
毎年、いろんなお寺で除夜の鐘をついてきた。今年は、これから39番延光寺まで行って除夜の鐘をつかせてもらおうと思っている。
仕事が休みの4日まで歩く予定。 自転車だと登りがきつい。お宅ら、足痛くならない?

コンドウさんからは、かりんとう煎餅を頂いた。お返しに差し上げるものがないのが残念である。

浜沿いの遍路道 浜から上がる
海沿いの遍路道 浜から上がる
10時30分、以布利漁港の先から海岸沿いの遍路道に入る。漁村の中を抜けて岩がゴロゴロする海岸を歩く。いかにも、昔の遍路が歩いたのだろうというような道なき道である。浜が尽きると木々の繁った急斜面が大きく海に張り出している。一体どこから国道にあがるのだろうと不安になった。一日に2度の迷い道は勘弁してほしい。戻ろうか、どうしようか動揺したが、今日は時間的には余裕がある。行けるところまで行ってやろうとどんどん行くと、細い道が通じており、雑木林を抜けて無事車道に出た。

こういうときに、時間的に切迫していると判断を誤ったり、余計な回り道をしてしまう。早朝出発と余裕ある行程の重要さを痛感する。

菜の花
菜の花
歩いてきた国道321号は、ここから半島を横切って、反対側の土佐清水の中心部の方に抜けてしまう。足摺岬の先端へは、ここから県道27号に入り、引き続き海岸沿いに南下する。

場所によって1車線しかないところもあり、路線バスが来ると交差するのも大変なようだ。あちこちに「警笛鳴らせ」の標識が出ている。菜の花が咲き乱れ、完全に春の陽気である。

12時20分、金比羅宮という神社があった。本堂まで急角度で上る階段には仮設の電灯が連なっており初詣の準備なのだろう。もう足摺岬も近いようなので、30分ぐらいゆっくり休憩した。

夜店の並ぶ金剛福寺

14時17分、足摺岬の展望台に着いた。観光客が180度以上の眺望の広がる展望台の手すりにもたれている。

アベックの女の子が男に尋ねる。
「わあ、いい眺め。ねえ、ここって有名なところ?」
なんて聞こえて来ると、5日かけて足摺目指して歩いてきた僕としてはずっこけてしまう他ない。

金剛福寺
金剛福寺
金剛福寺の前にはおやげ物店がたくさん並んでいる。その1軒の2階の食堂で遅い昼食のきつねうどんを食べた。

門前では、年越しや初詣客を目当ての夜店の屋台が開店準備中だ。巡拝を済ませ、納経所で今年大学受験の次男のために合格お守りを購入。

大きなザックを背負った遍路姿の若いカップルがいた。靴もトレッキングだったので歩き遍路の仲間かと思い声をかけてみた。

カップル遍路の話

夏に1番から歩き始めた。初めのうちはお寺も間隔も近くてよかったのだが、だんだん歩くのがきつくなってきて、途中から電車やバスを使っている。
夏に徳島県内を済ませて、今回は高知を回っている。
ずっと歩きですか。ここに来る1キロぐらい手前で、歩いているところを見ました。がんばって下さい。

夫婦なのかきょうだいなのかわからないが、笑顔が素敵な若者たちだった。大きな荷物からみると野宿なのかもしれない。

宿坊の玄関に行ってみると、誰もいない。声をかけても返事がない。まだ15時20分だから仕方がないかもしれない。玄関に荷物を下ろし、笠や白衣も置いて、観光客に変身し、そのへんを歩き回ることにした。

スケッチ学生
スケッチ学生
展望台から数百メートル、「天狗の鼻」という場所にあずまやがあり、小さな湾をへだてて展望台がよく見える。あずまやのベンチに腰掛けて展望台をスケッチしているGパンの若者がいた。横には大きな荷物。

スケッチ学生の話

学生の建築関係の専門学校の夜間コース。古い建物に興味がある。4日前四国に入ったが、初日は国立公園の中は野宿できないとのことで国民宿舎に泊まった。今晩は、展望台で知り合った人とそこの公園でテントを張って泊まるつもり。

遍路のことはよく知らないらしい。「へんろ地図には野宿に適したポイントが明記されていて、水場やトイレの情報も書かれている」と教えたら、「へえ、そんな地図があるんですか。本屋で売ってますか」とびっくりしていた。

灯台を見物したり、ガイドに引率された団体のうしろについて説明を漏れ聞いたりして1時間ほど過ごした後、宿坊に戻った。

金剛福寺の夕食
金剛福寺の夕食
金剛福寺の宿坊
金剛福寺の宿坊
部屋は角部屋だった。2面が廊下に面して障子、後の2面が襖で隣の部屋に接している。襖を外せば大広間になるわけだ。

6時から一斉に夕食。大晦日とあって、汁碗は蕎麦が入っている。

埼玉ユースホステル協会の40人の団体のほか、グループや個人のユースの客もいる。遍路は、僕のほか、4人家族1組と夫婦1組である。

そのご夫婦は東京から来たアツウラさん。5月から何回かに分けて歩いてきたが、きょうは伊豆田トンネルのところからバスで来たという。この宿坊にどうしても泊まりたかったが、きのうも明日も営業していないというので、仕方がなかったのだそうだ。明日は僕と同じ安宿旅館を予約してある。ご主人は足のマメで参っている様子で足の裏は絆創膏だらけだった。

年越しの今晩はユースの例外として、特別に門限・消灯もなく、食堂のテレビで紅白を見ていてもよいという。また、明朝6時50分頃の初日の出を見るため、朝食は6時20分から食べられる。

食後、何気なくテレビの天気予報を見ていたら、何たることか、明日は『曇り、後、雨』だという。「えーっ? 聞いてないよ〜」。僕は、あくまでも遍路であって観光客ではないけど、それでも足摺岬から見る初日の出を楽しみにしていたのだ。きのうまで、週間予報は2日まで好天という予報だったのに。

とにかく、今晩は除夜の鐘をつき、明朝は早起きしなくてはならないので、今のうちに少しでも睡眠をとっておくことにする。時計のアラームを11時30分にセットして9時にはふとんに入る。すると、何だか玄関の方が騒がしい。新たなお客が到着したようだ。ドイツの女の子2人だと言っている。日本語が通じないので宿坊のおばちゃんたちが、バタバタしながらふとんを運んだりトイレの場所を教えたりしている。

ドイツ美少女と除夜の鐘を撞く

うつらうつらしているうちにアラームで目覚めた。ありったけの衣服を着込んで、早速、境内に行ってみる。近所の旅館からも徐々に人々が集まってきている。

2人でドイツ語で会話している美少女がいたので、ユースの客だろうと思い、NOVAで鍛えた英会話を試すことにする。

「アナタガタハ、ソコノゆーすほすてるニ宿泊シテイルトコロノ、どいつノ少女タチデアルカ?」
「ソー」
「イカホド長ク日本ニ滞在シテイルカ?」
「ワタシハ10月カラほーむすていシテ子供ノ世話ヲシテル。先週ノ土曜日カラ1週間ノ休暇デ九州カラ回ッテ来タ。休暇ハ土曜日デ終ワリ。コレカラ京都ニモ行ク。休暇ハ大変短イ。コノ子ハ3週間前ニ日本ニ来テ旅行中ダ。アンタモ観光?」
「ワタシハ、歩イテ、寺カラ寺ヲ巡ッテイル」
「ア、ソレ知ッテル。杖ハ持ッテナイノ?」
(むむ、こやつ、なかなか勉強しているではないか)
「杖ヲ持チ、笠ヲカブリ、特別ノ白イ服ヲ来テ歩ク。杖ヤ笠ハ宿ニ置イテキタ」
「杖ハゆーすノ売店デ売ッテタカラ1本買オウト思ッテイル。アノ杖ニハ何カ文字ガ書イテアルネ。アレハ何?」
「アレハ、オ経トイッテ、きりすと教ノばいぶるノヨウナモノダ」
「何テ書イテアルノ?」
(そんなこと、一口で説明できないよ〜)
「エット、目ニ見エルスベテノモノハ空ッポデアルトカナントカ、ソンナヨウナ哲学的ナコトガ書イテアルノデアル」
「フムフム」
(話題を変えなければ…)
「コレカラ我々ハ鐘ヲ撞クデアロウ。アナタガタモ鐘ヲ撞キタイカ?」
「モチロン!」
「ソレデハ、早クアノ列ニ並ボウデハナイカ」
除夜の鐘
除夜の鐘
0時5分前ごろから、住職夫妻はじめ5人ぐらいのお坊さんが登場し、まず般若心経を唱える。並んでいる人々の中も唱和する。そして住職らが鐘を撞いたあと、並んでいる人々が一人2打ずつ撞く。

「今、写真撮ッテモイイノカナ?」
「問題ナイ」
「大晦日ノ鐘ノコトハがいどぶっくデ読ンダ。人ノ心ニアル108ノヤマシイ考エヲキレイニスルンダッテ?」
「ソウダ。1ツノ音ヲ聞クト、悪イ考エガ1ツ消エル。デモ、厳密ニ108回ヲ数エテ撞ク訳デハナイ。朝マデ来タ人ハ皆鐘ヲ撞クデアロウ」
「何ダ。ソーナンダ。がいどぶっくニハ数エルト書イテアッタ。1人2回ダッタラ自分マデ順番ガ回ッテ来ナイノカト心配シチャッタ」

金剛福寺の除夜の鐘(約5秒)
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美少女たちは「このあと何かもっとエキサイティングなことが起こるのか」と期待しているようだった。残念ながら、西洋の新年と違って、0時になったとたんに回りの人々にキスするとかそういうイイことはない。それでも、初詣の客たちに混じって、賽銭を投げ、見よう見まねで、鉦の綱を振ってお参りしていた。

48097歩、25.6キロ

掬水へんろ館遍路日記第3期前日翌日談話室メール