掬水へんろ館遍路日記第3期前日翌日談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第3期くしまひろし

第2日(12月28日) 民宿司旅館〜37番岩本寺(窪川町茂串)

司旅館
司旅館
腕時計のアラームを6時20分にセットしておいたのだが、朝6時のサイレンで目が覚めてしまった。

昨夜、洗濯機が使えないので、下着を洗面所で洗い、固く絞って部屋の中に干しておいたが、今朝になっても乾いていない。仕方がないので、ザックにぶら下げて行くことにする。ちなみに着替えは1セット持っているので、1日分は余裕がある。

足拵えは、右足の裏にテーピングをした。前回と同様、1日目にして早速痛みはじめている。

朝食は、納豆や海苔などのオーソドックスな献立だ。デザートのりんごは、夏にここに泊まった遍路客が最近送ってくれたものだそうだ。信州から来た人で、雨にふられてずぶぬれで到着し、衣類を乾燥機で乾かしてあげたので大変感謝されたという。おいしいりんごなので、お遍路さんに出しているとのこと。

おかみさんは、遍路客からは、宿帳の代わりに納札を受け取っている。毎年、まとめて高野山に送り、焼いてもらう。

出発間際に、僕のザックを持ち上げて「うん、軽い軽い、5キロぐらいかね」と満足そう。何か審査に合格したようでうれしい気持ちになった。荷物を減らすというのはなかなか難しいのである。遍路をしていると、鉛筆1本、タオル1枚でも捨てたくなるというが、確かに背中の荷物が500グラム違うと疲れ方が違ってくる。快適な遍路には、荷物を減らすことが必須だ。「同行二人」の本では、携行品のリストが重さ付きで一覧表になっていて「荷物削減」に努めるよう勧めている。

休憩所
休憩所
7時40分出発。 JR多ノ郷(おおのごう)駅近くの街を行く。民宿も多い。5分ぐらいで左折して国道56号に入る。

歩き始めて30分、本来ならばそろそろ調子が出てきて、時速5〜6キロで歩けるはずだが、今日は、体が重く調子が出ない。やはり前日無理したせいだろう。番外霊場大善寺への分岐の手前に立派な休憩所があったので、歩き始めて40分で早くも最初の休憩とした。

須崎歩道トンネル 距離表示
須崎歩道トンネル 距離表示
少しいくと、須崎トンネルである。ここは、車道と歩道にそれぞれ専用のトンネルがあり、歩道には「須崎歩道トンネル」と立派な名前がついている。今まで、トンネルにはいやな思いをしてきたが、歩行者専用のトンネルは初めてなので感激した。

国道には、日和佐から室戸岬への長い道のりですっかりお馴染みとなったキロ表示柱があり、夏の苦しかった歩行を思い出す。室戸へのキロ数が1つずつ減っていくのを励みに歩いたものだ。天気は快晴、風はひんやりとして、歩くことが快感である。

逆打ちの野宿遍路

ミヤモトさん
ミヤモトさん
新荘川(しんじょうがわ)を渡り、しばらく行ったところで、遍路の姿が見えた。草地の石仏に向かい合うように置かれたベンチに腰掛けている。ああ、こんな季節でも歩いている人がいるんだなあとうれしくなって思って近寄ってみると、かなり年季の入った遍路姿である。広島のミヤモトさんという穏やかな方であった。

ミヤモトさんの話

野宿しながら逆回りで歩いている。遍路はもう何度も歩いている。これだけ荷物もって逆に歩いているのは私だけだから、みんな知ってる。
今頃は歩いている人は少ない。きのう、七子峠への山道で、何日かぶりに、歩き遍路に出会った。女性の親子だった。
今日は宇佐まで行こうと思っている。

ミヤモトさんが出会った親子というのは、きっと僕が夏の遍路で出会ったカタネさんのことだと思う。カタネさんから頂いたお手紙の中で、年末にも何日間か歩く予定だと書かれていたのだ。

ところで、四国遍路は、1番霊山寺から88番大窪寺に向かって順序に歩くのが普通であるが、ミヤモトさんのように逆回りに歩くことを「逆打ち」という。道しるべなどは「順打ち」に便利なように設置されているので、逆打ちは難易度が高い。したがってそれだけ御利益も大きいと言われている。また、弘法大師はまだ生きていて四国遍路を巡り続けているという伝説がある。遍路の修行をつめばいつか弘法大師に出会うのだという。弘法大師は順方向に回っているので、逆方向に回った方がめぐり合う確率が高いという理屈になる。

現代、遍路をしている人々の中でも心底からこうした伝説を文字通り信じている人は少ないと思うが、とにかくこうした理論を組み立てては人々は遍路文化に様々の意味付けをしてきたのであり、またそれを楽しんできたのだと思う。

段々畑
段々畑
トンネルを抜けると海、でもまたすぐ次のトンネルと繰り返す。その中に安和(あわ)トンネルというのがあって初めてこの付近の地名「安和」は「あわ」と読むことを知る。この近くに「民宿あわ」というのがある。阿波(徳島)でなくて土佐(高知)にあるのに、なぜ「あわ」なのか前から不思議だったが、これでナゾが解けた。

この安和トンネルを抜けると、コースは二手に分かれている。一つは国道56号を行って焼坂トンネルを通るルート、もうひとつは1994年に復元された焼坂峠を通る遍路道である。僕の嗜好としては当然遍路道を行こうと思っていたが、今朝、司旅館のおかみさんに「遍路道は荒れているから車道を迂回した方が良い」とアドバイスされたので素直に従うことにする。

国道沿いには、ポンカンと文旦の売場が並ぶ。宅急便の幟が立っていて発送もできるようになっている。左に段々畑を見下ろしながら行く。

焼坂トンネル

焼坂トンネルの音(約7秒)
RealAudio
RealAudio
.RA(14KB)
SoundClip
サウンドクリップ
.AU(54KB)
10時、全長1キロの焼坂(やけざか)トンネルを通過する。

このトンネルには天井に何箇所か、ジェットエンジンのような送風機が取り付けられていて、その音がすごい。トンネルの百メートル以上手前から異様な音が聞こえている。トンネルの中に入るといよいよ耳を圧する騒音で緊迫感を覚えるほどである。

中に、車に轢かれたか、ぺちゃんこになって干からびた猫の死骸があった。異様な騒音、暗闇の中で人知れず死んだ猫に対して何故かひどく感傷的になり、合掌した。

15分かけてトンネルを抜ける。はく息が白い。ヒンヤリしている。トンネルから1キロで焼坂休憩所。

七子峠越え

大坂ルート
大坂ルート
久礼(くれ)の集落を抜けたあたりから車道と分かれて大坂越えのルートを取る。当初は、遍路道保存協力会の方々が最近復元した「そえみみず遍路道」を行くつもりだった。ところが、さっき出会ったベテラン遍路のミヤモトさんに、大坂越えのルートを勧められたので心変わりした。そえみみず遍路道は標高350メートルまで登らなくてはならないのに対して、大坂越えルートは290メートルと若干低い。昨日は夜行バス明けの初日なのに、35キロも歩いてしまったので今日はなるべく軽く行こうという気持ちもあった。結局、焼坂峠と合わせて今日は2箇所とも楽なルートを選んでしまったことになる。

田園地帯を山間へと伸びる旧道で、「四国のみち」に指定されたコースである。行程の所々には建設局が立てた道標や地図があるが、この地図が例によってさっぱり要領を得ない。第一、現在地点がどこなのかさっぱり分からない。

所々に農家の集落がある。後ろから走ってきたタクシーが1軒の農家の前で止まった。おばちゃんが降りて料金を払っている。後ろのトランクは開いたままでベビーカーが載っている。買物帰りだろうか。その脇を通りすぎようとすると、おばちゃんから呼び止められて賽銭のお接待を受けた。

七子峠へ 徐々に細道
七子峠へ徐々に細道
進んでいくに従って、道路はアスファルト舗装から簡易舗装へ、そして山道へとだんだん細くなってくる。大坂谷川のほとりを行く。時刻は昼を過ぎたが、ちょっと空模様が怪しい。曇ってきたようだ。腹も空いてきたが、この後の山道で降りだされたりすると困るのでとにかく先を急ぐ。

黒竹林の中を行く
黒竹林の中を行く
12時40分、登坂口に到着。七子峠まで1キロという表示がある。ここから細く急傾斜の山道が続く。

周囲を竹林に囲まれた気持ちのいい道である。「黒竹」という種類で確かに肌が黒い。古くは笛の材料として使われ、現在も釣竿、建築装飾などに広く活用されているとのことだ。

10分ほどでベンチがあり、七子峠まで700メートルと表示があった。順調な行程に気をよくして、ここで昼食にする。司旅館のおかみさんに作ってもらった弁当を開く。とろろこんぶで巻いた梅干し入りのおにぎりである。大変おいしい。20分ほど休憩して出発すると陽が差して来たのでひと安心。

道はますます急になり、最後は階段をよじ登って、13時30分、七子峠到着。広い駐車場、売店、自販機が並んでいる。

交通安全
交通安全
ここからは国道56号に合流して窪川に向かう。峠といっても、この後はっきりした下りになるわけではなく、平坦な道で、ゆるやかな登り下りが続く。

道路沿いに、黄色い交通安全の幟が立ち並んでいる。竿には「高知県交通安全協会」と記されてあり、ここだけでなく、国道のあちらこちらで見かけた。しかし、交通安全に効果はあるのだろうか。カーブしているところなら、運転者の注意を引くという意味もあるかもしれないが、直線部分に設置してもあまり意味はないのではないだろうか。人ごとながら首を傾げてしまった。

きのうから痛い右足に加えて、左足の裏と薬指も痛くなってきた。国道のような舗装道路を歩き続けるとかならず影響が出てくる。しばらくがまんしていたが、15:30頃、思い切ってテーピングをした。「思い切って」と書いたのは、こうした手当ては面倒だから歩行中はなるべくやりたくないからである。腰を下ろせる場所をみつけ、靴と靴下を脱ぎ、ザックからテープとはさみを取り出し、…というふうにやたら時間を食ってしまう。ともすると、「いいや、今日いっぱいはがまんしよう」と、先を急ぐ気持ちになりがちなのだ。これまで、これで何度も失敗した。そこで、「少しでも足に異常を感じたら、直ちにテーピングする」という「同行二人」の説くところを、今回こそは守ることにしたのである。

自動照明の岩本寺

岩本寺
岩本寺
16時半すぎ、JRの終点である窪川の商店街に入る。16時45分、町中にある37番岩本寺到着。何とか明るいうちに着き、ほっとした。

境内に入ると、数人でテントを組み立て中だ。僧服の人も一緒に作業している。ガイドブックによれば、このお寺では、大晦日から元日にかけて、参拝客に対して1千食の年越し蕎麦とおしるこ接待をするとのことだ。その準備と思われるが、残念ながら、まだ28日なので僕はその恩恵に浴することはできない。

納経所の閉まる17時が迫っている。この寺の本堂は、納札入れなどが本堂の中にあるので、外からではお参りできない。ところが、日暮れ時であり、本堂に踏み込むと、中は経本の文字も判読できないほどうす暗い。どうしたものかととまどった瞬間、ぱっと明かりが点いた。何と自動照明である。感心して読経しているとしばらくしてひとりでに照明が消えてしまった。要するに人の動きを検知して照明が点くようになっているらしい。じっくり読経するには不向きなのが残念だ。

何とかお参りを済ませ、17時ぎりぎりに納経所に向かう。それを見ていたテント建設中の一人(住職か?)が、「あ、ちょっと待ってや」と、手に息をふきかけて寒中の作業でかじかんだ手をもみほぐしながらやってきた。

ユースと宿坊

岩本寺の宿坊
岩本寺の宿坊
宿坊に入ると、床の間には立派な掛け軸と生け花が飾ってあり、エアコンも完備して快適な部屋である。このお寺は、宿坊とユースホステルを兼業している。食事はみんなで一緒にとる。僕以外は、すべてユースホステルの客で、家族連れの3人と、それぞれ単独で旅行中の青年4人であった。

宿坊とユースホステルを兼業しているお寺はいくつかある。同じタイプの客室を使い、同じ食事を頂くのだが、宿坊の客とユースホステルの客とでは料金が異なる。他のお寺のシステムは知らないが、この岩本寺では、料金が異なる分、待遇も異なった。

まず第一に、唯一の宿坊のお客であった僕は、床の間の近く、即ち上座を与えられた。次に、他の客は、ご飯は共同のおひつを使うが、僕には個人用の小さな専用のおひつが与えられた。他のお客は、共同の鍋からみそ汁を自分で取り分けるが、僕には専用のお碗が給仕された。そして最後に、他のお客は、食後、自分の食器を片づけなければならないが、僕の分は宿坊の人が片づけてくれる。料金は一泊二食つきで、宿坊は5000円、ユースは4500円(いずれも税別)である。

夏に泊まった室戸岬の最御崎寺も、宿坊とユースホステル兼業で、それぞれ料金が異なっていた。だが、僕が泊まったときはユースホステルの客はいなかったのでこうした差別待遇には気がつかなかった。

青年たちは、いずれも、車やバイクで旅行中。食事しながら、歩き遍路の話をすると、そんな苦労をする気が知れないという顔をしていた。

51,248歩、33.6キロ。

掬水へんろ館遍路日記第3期前日翌日談話室メール