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掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 2004年春

顧客満足度

    植村旅館を過ぎて、遍路道に入ったあたりから本降りになってきた。観念してポンチョをかぶる。昨夜同宿だった岡山のMさんに追いつき、ペンションやすらぎで昼食をともにした。遍路もよく利用するのだろう。レジのそばの壁には納め札がたくさん貼ってあった。

    Mさんは僕と同年配で、アパレルメーカーを経営している。今は中国投資がすごく有利だということを熱心に解説してくれた。1週前に11番まで回って区切り、今回は昨日11番から歩き始めたという。

    昼食後、Mさんと別れ、別格2番童学寺を目指す。トンネルの開通などに伴い、道路事情の変化がネットでも伝えられているところである。行者野橋を渡り、新童学寺トンネルを抜けた。地図によるとその付近に遍路道があるはずだが、どうしても見つからない。あきらめて、車道を歩いて山門に到着した。行者野橋から40分。

    山門の下では自転車遍路が雨宿りをしていた。八十八ヶ所、別格、不動、曼荼羅など納経帳だけで5冊ぐらい積んでいて、特に曼荼羅霊場への熱い思いをたっぷり語ってくれた。「鳴門方面の札所を忘れていたので昨日はそっちを回ってきた」「明日は焼山寺の奥の院に行く」と、自転車だけあって縦横無尽の行動だ。

    彼の意見によると、八十八ヶ所よりも別格、別格よりも不動霊場、曼荼羅霊場のほうが参拝客が少ない分、価値が高い。「また来たい」と感じるという。その差異を露骨には表現しなかったが、彼の極めて婉曲な言葉の奥底を僕なりに解釈すれば、営業努力をしなくても顧客の集まるメジャーなお寺に比べて、そうでないマイナーなお寺は、(最近流行の言葉で言えば)「顧客満足度が高い」対応をしているということだ。

    信仰の拠点であるお寺についてこのような見方を当てはめて解釈するのは、適切でない面もあるかも知れないが、僕が今回別格巡りをしているのも、その根本には似たような気持ちがある。過去2巡の遍路を通じて、ついでに寄った別格霊場のいくつかで、番札所にはない暖かさを感じた。だからぜひ別格20番を全部回りたいと思っていた。奥の院巡りも、不動霊場、曼荼羅霊場巡りもいつかはしてみたいが、人生はまだ長い。四国は何度も巡りたい。少しずつ味わっていこうと思う。それに歩き遍路に納経帳5冊は、重過ぎる。

    失業中という彼は話題豊富で、伝聞も含めて接待所や終生遍路たちの消息話も興味深かった。もっとも、彼は荷物を全部自転車に積んでいるから空身だが、僕のほうはポンチョを着てザックを背負ったままの立ち話にも疲れてきた。40分ぐらい話を聞いて、雨が小降りになったのを潮に、失礼して本堂に向かう。

    納経をしてくれたのは鼻に酸素補給器のパイプをつけた老人だった。終始無言の納経は痛々しく、言葉をかける雰囲気でもない。帰るころには雨もすっかり上がり、山門に自転車の姿はなかった。

    帰りもトンネルの手前にあるはずの遍路道の入口を探してみたが、残念ながらやはりみつからなかった。

    次は13番奥の院・建治寺に向かう。本日の宿である。

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