掬水へんろ館遍路日記第2期前日翌日談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第2期くしまひろし

第3日(7月29日) 24番〜25番

謎の外人

とくます
民宿食堂とくます
(右上に謎の外人)
食事をして7:40発。いずれにしても今日はのんびりモードである。

とくますを出て20メートル行くか行かないうちに、とくますの写真を撮るのを忘れたことに気づいた。宿の前に戻ってカメラを構えようとすると、2階の客室の窓からほっそりした女性が外を眺めている。目があったので会釈をすると向こうも会釈を返す。外人のようだ。ゆうべも今朝も食堂では会わなかったが、泊まっていたのだろうか。

そう言えば、佐藤孝子さんの『情け嬉しやお遍路ワールド』には、とくますにホームステイしている外国人女性と一緒にとった写真が載っていた。また、とくますの玄関にたくさん貼ってあった金・銀や錦の納札に混じって、たどたどしいカタカナで書かれた外人の納札(これは白の納札だが)もあった。ここは外人がよく泊まるのかもしれない。カメラを構えても姿をかくすふうもなく、窓のところでポーズをとっているので(?)、遠慮なくシャッターを押させてもらった。

夫婦岩青い海
夫婦岩
小さい岩は子供たち?
青い海
早朝は曇っていたが、8時半から日差しがきつくなってきて、菅笠を通してさえ鋭い日差しが感じられる。きのうまで、はっきりしない空の下で鈍い色を放っていた太平洋が、今日は青く広がっている。

御蔵洞
御蔵洞
11時半、御蔵洞に着く。若き空海が、この洞穴の中で、空と海しか見えない状態で修行を続け、ついに虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)を成就したと伝えられる。中に入ると外の暑さが嘘のようにひんやりとして涼しく、地下水がポツリ、ポツリと菅笠に当たる音がする。洞の前では老婦人が互いに写真を撮ろうとしておられるので、「ご一緒にどうです。押しましょうか。」とシャッターを押して差し上げる。僕の方も押してもらった。

ご主人の話

あなたのカメラは、広角の具合が本当にちょうどいいね。ごの石碑と洞とお宅がうまいぐあいに画面に入る。

私らは車だけど、先程、この近くのホテル明星(あけのほし)で休憩したら、この御蔵洞のことを詳しく教えてくれた。だから、奥の方まで入って入口の方をみると、確かに空と海しか見えなかったね。

水掛地蔵
水掛地蔵
しばらく行くと、数えきれないほどの地蔵が立ち並ぶところに来た。それぞれ「第二〇〇丸遭難殉職者霊位」などと書いてある。水掛地蔵というもので、傍にある看板によると、ほとんどが海難事故で亡くなった人々を弔ったもので、水を欲しがりつつ海難死した人々をしのんで水をかけて供養するのだそうだ。合掌して過ぎる。

遍路道 倒れた木々
へんろ道の登り口倒れた木々が道をふさぐ
遍路道の入口に来る。車の場合はこのまま55号線で岬の突端を周り、岬の向う側からジグザグ道の登り道に入るが、歩きの場合は遍路道に入り、細い山道を登っていく。 しばらく気持ちのよい歩きが続くが、だんだん周りの木々が乱れてくる。台風の爪痕だろうか。木々が倒れかかってほとんど道をふさいでいる所では、笠とザックが引っ掛かってしまい、進退極まって往生した。

最御崎寺(ほつみさきじ)

最御崎寺
第24番 最御崎寺
12時過ぎ24番最御崎寺着。暑さの中をはあはあ登って来たので、汗グッショリである。朝食もとらずに早立ちしたはずのカタネさんがいた。納経所の前のベンチでアヤコちゃんが頭をかかえてぐったりしている。もう30分もここにいるという。「登りのへんろ道で休憩すると、虫が寄って来ると言って娘が怒るんですよ。これ東急ハンズでアメリカ製というのを買ったんだけどさっぱり効かない」といって、腕にはめる虫除け器具を見せてくれる。匂いで虫を防ぐもののようだ。アメリカの蚊には効くのかもしれない。

僕も負けずに、ダイエーで買った効かない虫除け器を見せる。こちらは蚊がいやがる音を出すというものだ。でも買ってから説明書をよく読むと、イエ蚊には効くが山の蚊には効かないと書いてある。ハイキング用品売場で売っていたけど。

再び山を登る

お参りをすませ、たっぷり休憩してから、山を反対側に降りて車道に向かう。

室戸岬まで来たのに岬の突端を見なくてよいのかというのがどうも心にひっかかる。ヘアピンカーブを2曲がりほど降りかけたところで気が変わる。「室戸岬を見ていこう!」

お寺に向かって戻りはじめた。

このあたりの心理が不思議。遍路をして歩いていると一旦進んだところは10メートルでも戻るのがいやになる。それなのにこの時は不思議な衝動に駆られてもう一度山に上り、お寺の境内を抜けて、さっき登ってきた山道を降りた。後で考えると何も山を登らなくても、海岸線まで降りてから海岸に沿って55号線をちょっと戻れば岬の先端に到達するのだが、このときは何故か遮二無二再び山を登ったのだ。

謎の修行者とギャル

最御崎寺の境内を通り抜け、さっき息を切らして登って来た山道を降りる。降り切ったところにあるお堂の階段に腰をおろして一息いれていると、ナップザックを背負った白髪まじりの眼鏡の女性が遍路道を登ろうとやってきた。えらく軽装だが「歩き?」と聞いてみると、「最御崎寺に泊めてもらって修行中だが、きょうは25番までお参りに行ってきた」という。

修行者の話

1番からバスや電車を使いながら遍路をしてきた。でも、次々にお寺を巡って納経するということに意味が見いだせないと感じるようになった。歩きの人には歩くこと自体の意味があるのかもしれないけど…。

そうこうしてこのお寺に来てみると、空海が修行した場所だけあって、特別の「気」を感じた。もうこの先に行く気持ちがなくなって、そのまま泊まりつづけている。今日で4日目。本堂を自由に使わせてもらえる。一日中修行していると、後ろでお参りの人が賽銭を投げる音が聞こえる。自分が頂いたような気がして変な感じ。

1日に東京に帰る予定。27番ぐらいまで回っておくと後が楽かなあ。でも遍路自体の意味は感じられないからまた来るかどうかは分からない。今日は少しは歩いてみようと思って25番まで行ってきた。でも時間の無駄。やっぱりここでずっと修行していれば良かった。

ここのお寺は本当にいいですよ。いや境内は普通かな。やっぱり泊まってみないと…。みんなに勧めてる。

四国遍路というのは、交通機関を使うにしても歩くにしても、札所を巡るというのが基本条件だ。それなのに、こうして一か所に止まってしまい、短期間ながら「修行」に入るという、考え方の柔軟さに圧倒される。このお寺はそんなに魅力があるのだろうか。先程お参りしたときは特に何も感じなかったが…。それだけ感覚がオープンになっていないと分からないのかもしれない。

面白い人に出会ったなあと思い夢中になって話を聞いていると、今度は黒いTシャツの女の子が一人で山道を降りて来た。こちらはほとんど荷物も持っていない。入れ代わりに謎の修行者は立ち上がり、ゆっくりと山を登っていった。

ギャル
大阪から来たギャル

黒いTシャツの女の子の話

虫がひどいんです。友達と3人で降りて来たんだけど、あんまり虫に刺されるから一人で先に降りてきた。黒い服だと襲われやすいんだって。

確かに腕にいくつも刺された跡がぷっくりぷっくり。かゆそう。しばらくすると、女の子の連れの2人が「裏切り者〜、自分だけ先に行っちゃって〜」と言いながら降りて来た。大阪から旅行の3人組である。

3人のギャルの話

今日は徳島から来ました。このへんはバスの本数も少なくて交通不便ですね。これから高知に行くんです。

八十八ヵ所って全部歩いて? へぇ〜。何か分厚い本を持って回るんでしょ。ウチのおばあちゃんがやってました。

名刺
特製名刺
ところで遍路同士は名刺代わりに納札を交換するのが習わしであるが、僕は今回、納札のほかに特製の名刺を作ってきた。それは、このホームページ「掬水の果て」のアドレスを書いた名刺である。遍路中に縁のあった人々の中で、インタネットを使いそうな人に差し上げて縁が繋がれはいいなと思ったからである。

女の子3人のうち1人は学生で、学校でインターネットが使えるというので、ホームページの名刺をわたす。「学校で開いてみます」。う〜ん。確かに「開く」に違いないけど斬新な表現。そのうち辞書の「開く」の語義にコンピュータやインターネットでの使い方が追加されるかもしれない。(おーい、開いたかい?)

室戸岬
室戸岬
3人と別れて、浜に降りてみる。遊歩道が設置されていて、岩のごろごろする波打ち際にも自由に行ける。黒潮に手をひたしてみる。よし。確かに室戸岬に来て太平洋に触れたぞ。国道に戻ってうろうろしていると、とくますの奥さん推薦の室戸荘があったので昼食。きつねうどんを注文したら、ちらしずしのお握り2個をお接待して下さった。絵はがきを買う。

津照寺(しんしょうじ)

15:00、室戸岬を後にして25番津照寺へ向かう。でも、歩きながら、何か仕残したような気がしてならない。さきほどから最御先寺に後ろ髪を引かれるような気がする。きっとあの謎の修行者の女性が妙な勧誘をしたからに違いない。このまま室戸岬を後にしてよいのかという気持ちが高まる。単に予定の日程を消化していくという遍路にどんな意味があるというのか。空海が修行した室戸岬の、そして最御崎寺の神髄にまだ触れていないのではないか。

どうも釈然としない思いを抱いたまま、海岸沿いに灼熱の国道55号線を歩く。

室戸の町に近づいて、国道から道が分かれているところでどちらを行くべきか迷い、道標がないか見回すが見当たらない。とりあえず広い国道をそのまま進むがどうも変だなあと思っているところに、向こうから買物帰りといった風の自転車の中年のご婦人がやってきたので、「すいません。ちょっとお伺いします。津照寺(しんしょうじ)はこっちでいいんでしょうか」と声をかけた。ご婦人はブレーキをかけて止まり、「え? 25番? ああ『つでら』はあっちですよ」と先程の分かれ道が正しい道だと教えてくれた。よくみると頭上に大きく「津照寺」と書いてある。前ばかり見ていたので見逃したのだ。

津照寺
第25番 津照寺
16:30 25番津照寺着。長い階段を登ってお参りをすませる。この頃には、心が定まっていた。24番最御崎寺に泊まれるかどうか電話してみると「どうぞ」というので、6.8キロの道をタクシーで戻った。

歩き遍路がタクシーなんか乗っていいのか? という疑問を持つ方もあろう。「同行二人」などの本では、旅程の関係上、うまく宿所に行きあたらないような場合には、旅館などのある場所まで交通機関で移動して宿泊し、翌朝同じ地点まで戻ってから歩き始めればよいとしている。今回の場合、津照寺の周辺には旅館はたくさんあるのだが、このルールを拡大解釈し、さらに「弘法大師が呼んでいるのだからいいのだ」と自分を納得させる。

かたせ梨乃?

ユースホステルを兼ねる最御崎寺の宿坊は改築中で、完成まで平成10年一杯かかるようだ。ただ、別棟の浴室はもう完成しており、壁面一杯の大きなガラス窓から外の雑木林が見えて気持ちがいい。露天風呂の雰囲気である。女風呂の方もこんな窓になっているのかなあなどと邪念が湧いてくるあたり、修行が足らん。

同宿者は、あの謎の修行者コザキさんと、教師を定年退職された男性クボタさん、それに、先達に率いられた10人位の団体である。この団体の先達の方は何度もこのお寺に遍路団を連れて来られているようでお寺の奥さんとも親しそうにしている。

夕食
最御崎寺の夕食
奥さん
最御崎寺の奥さん
夕食はみんなで一緒に大広間で頂く。

食事の後、住職の奥さんからお寺の説明などの話があった。この奥さんは「あまのじゃく旅日記 四国霊場 八十八ヶ所巡りの記」(ホームページ休止中)の中で「かたせ梨乃に似た」と紹介されている。お顔は写真を見ていただくとして、声とスタイルは似ていると言えばまあ似ていると思う。

奥さんの話

今日はあいにく住職が出張で留守しておりまして申し訳ない。ここ最御崎寺は、若き空海が修行した特別のお寺であり、四国八十八ヵ所の中でも、実際に空海が修行したことが文書で記録されているのは、太龍寺とここだけである。

きょうは古いお友達が見えているので、特別に歌を歌わせて頂く。

最御崎寺のパンフレットに歌詞が載っている「後の世までも人世にひびけ大師たのみの遍路笠」という長い題名の歌を披露して下さった。メロディは単純なので1番だけを聞いて、あとは終わりの7番までみんな一緒に歌った。

そして、謎の修行者の紹介があった。

奥さんの話

さきほど説明したように、このお寺は弘法大師と深い縁があるので修行される方が多い。そこにおられるコザキさんは、もう何日もこのお寺に滞在されて弘法大師が行ったのと同じ虚空蔵求聞持法を修行中。女性の修行者というのは私の知っているだけでも今までにコザキさんを入れて3人いた。中には断食しながら修行した人もいた。

ちなみに、コザキさんは断食はしていない。虚空蔵求聞持法というのは、念珠の玉を数えながら、虚空蔵菩薩の真言を一日中何千回も何万回も唱えるのである。

虚空蔵菩薩の真言

のうぼう、あきゃしゃきゃらばや、おん、ありきゃまり、ぼり、そわか

洗濯機は全自動である。ところが、そろそろ終わった頃だと思って行ってみると、水がたまったまま電源が切れている。スイッチを押しなおしても電源が入らない。賄いのおばあさんに言うと、何やら電気屋さんに電話している。「直しに来ますから」ということだが、1時間ぐらいしても来る様子がない。おばあさんはブレーカの場所が分からないようだ。一緒に玄関のあたりをうろうろしてとみると配電盤の、たくさんあるブレーカのうち、一番上の列の1つが下りているのがみつかった。手が届かないので、そのへんの扉のつっかい棒になっていた元・金剛杖でブレーカを押し上げると、無事洗濯機の電源が入った。食堂の冷房などで一時的に容量超過したのだろう。それにしても、これだけのためにわざわざ電気屋さんをふもとから呼ぶのでは大変だろうと同情した。

さて、わずか一夜を過ごす最御崎寺であるが、僕は、弘法大師の「気」を感ずることができるのであろうか。

歩数 31384・23.9キロ。

掬水へんろ館遍路日記第2期前日翌日談話室メール