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掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 2001年夏

昨日、「四国へんろ」の増田さんたちが岩屋寺に車で来るとき、古岩屋荘に向かって歩いている「すごく若い女の子」がいたという。それって24歳のギャルかもしれない。でも昼過ぎにその場所だったら泊まりは久万の町だろう。依然として半日先行されている。増田さんは「いやいや、古岩屋荘は温泉があるしコインランドリーもあるから、今晩はそこかも知れませんよ」と慰めてくれた。

古岩屋荘での食事のとき、それらしき女の子がいないか、ま一応チェックしてみたが、一人客は全部男性だった。

三坂峠から集落に下りて来るところに網掛大師堂がある。前回、堂守の橘さんとお話をしたり写真を撮らせて頂いたりした思い出の場所だ。堂の前で休憩していると、おばさんがやってきた。「冷たい水あげようか」というので遠慮なく頂戴し、話しているところに橘さんもやってきた。3年前の僕のことは覚えていないようだったが、今回はご夫婦そろって写真を撮らせて頂いた。おばさんが「今朝は女の子が歩いていったな」という。

おおっ、今はまだ10時半だ。だいぶ接近してきたのではないかな。

老僧に納経してもらった浄瑠璃寺から石手寺までは、2〜4キロおきに小刻みに札所がある。47番八坂寺を打ったあと国道に出て前回と同じく八坂食堂で昼食にした。ここはNHKの秋遍路で紹介されたが、そのときのゲストであった杉田かおるの色紙も貼ってあった。もちろん3年前にはなかったものだ。同じように遍路をして同じ店で食事をしていても、時はそれだけ過ぎているのだということを確認させられた。有名なよもぎ餅は、今回も売り切れであった。

前回道順を見失って素通りしてしまった札始大師堂にもお参りし、48番西林寺に着いた。そこで、ついに、まぼろしの「24歳ギャル」に追いついたのである!! 2日目にその存在を伝え聞き、最終日前日の7日目にめぐり合う。今回の旅は彼女に出会うための旅だったのであろうか。思えば暑く長い道のりであった!!

まあ、わざわざ追いかけたわけではないけれど、自分の前を若い女の子が歩いていて、ひょっとしたら会えるかもしれないということが、この数日の猛暑の中での歩き遍路の励みになったことは確かである。

彼女は、神奈川県内の大学院で民俗学を専攻。昨年9月と今年3月に区切り打ちで35番まで歩き、続きを7月28日から歩いているという。夏休み中に結願したいと思っている。彼女は、旅館だけでなく、3〜4日に1回ぐらいの割合で通夜堂などにも泊めてもらっているそうだ。寝袋がなくとも、この季節なら何とかなるのだろう。大洲の手前で道に迷ってしまい、十夜ケ橋に着くころには真っ暗になったしまったという。お寺の人も誰もおらず、暗い境内で一人夜明かしをして蚊に悩まされたそうだ。

彼女を見て最初の印象はザックが小さいということだった。「3キロぐらい?」と尋ねると4キロはあると言う。荷を厳選した僕のザックでも5.5キロあり、水筒代わりの500ccペットボトルを満タンにすると6キロになる。うらやましい。僕も、何を持たざるべきかをもっと考えなくてはなるまい。なぜ荷物が増えるかというと、色々な事態に自力で対応する備えをしようとするからだ。万全の雨具をもち万全の医薬品をもち衣服の予備をもち…となるとどうしても荷物が増える。極力他人に迷惑をかけないという心がけも大切だが、四国遍路の妙味は「他人に世話になり、そのおかげをもって回る」という点にもあると思う。歩き終えて、「自力でこれをなし遂げた」と思うだけだとしたら、登山やトレッキングと変わるところがない。

最低限の持ち物、服装も作務衣を思わせる紺の上下に、実用的な手っ甲と菅笠。この菅笠は小振りで、「迷故三界城」などの文字もない。聞けば百円ショップで買ったものだという。

野宿にこだわれば、雨風をしのぐ装備も必要になる。でも、お堂があればお堂に泊めていただき、それが無理なら宿を求める。ごくごく自然体の遍路が、こんな軽装でも可能なのだ。僕もまだまだ余計なものを持ち歩いているのだろう。

51番石手寺。きょう最後の札所である。到着したのが納経所の閉じる5時近くになっていた。彼女は、明日またここにきてゆっくり過ごすのだという。これでお別れとなるので記念撮影をした。「カメラは持ってないの?」と尋ねると、ザックから結構ごついカメラを出してきた。あのスリムなザックの中にまだこんなものまで入っているのか。あらためて自分の贅肉の多さを感じされられることであった。

彼女は「小食なので民宿の食事は多過ぎる」と言う一方「ジャンキーなものが食べたくなりません?」という。「マックもケンタッキーもない。あっちじゃ考えられない」という。僕が「国道にはローソンやホットスパーがある。コンビニでたいていのものは売ってるじゃない」というと、「いや、ケンタッキーじゃないと駄目なんです」と。そのへんが世代差かなあ。僕は民宿の刺身中心の料理で十分過ぎる。

でも「納経所には不親切なところもあるけど、そこがお寺との唯一の接点だから納経はしてもらう」という考え方では一致した。「納経所の対応とトイレの清潔さでお寺の評価が決まる」というのが彼女の考えだ。

道後の市街地に入って、ユースに泊まるという彼女と別れ、僕は前回と同様、道後ビジネスホテルへ向かった。近くの道後温泉本館で温泉につかり向かいの「おいでん家」で夕食とするのである。

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