掬水へんろ館遍路日記第1期前日翌日談話室
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第1期くしまひろし

第3日(5/13)9番〜11番

ふかし芋をもらう

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水田地帯の美容院
7:00出発。今日も天気が良い。水田地帯を行く。田植え中のところも多い。労働している人々の脇を、働き盛りの男がザックかついで歩いていくというのは、何となく申し訳ない気持ちになる。水田の真っ只中に忽然と瀟洒な洋館が出現した。何かと思ったら美容院であった。とにかく、人の住んでいるところには、食堂はなくても、薬屋と酒屋と美容院は必ずあるということだ。30分ほどで第9番法輪寺に着く。

お参りを済ませて出てくると門前の茶店のおばさんが「歩いていくのか。これ食べながらいくといいよ」とふかし芋をくれた。一皿100円で売っている売り物である。朝食からあまり時間がたっていないので空腹ではないが、ありがたく頂く。かじりなからいくと結構おいしく、結局3切れ全部食べてしまった。この法輪寺の前の茶店のおぱさんに接待を受けたいう話は、他の方の紀行文にもよく出てくる。

第10番切幡寺は登り坂のあとさらに330段の石段。8:30に到着。

初めて道に迷う

10番から11番は約10キロ。これまでで一番長い。商店や民家の立ち並ぶ道を歩いているうちに、ふと気がつくと道しるべがしばらくない。迷ってしまったのだ。右折の道しるべを見落としたらしい。道路沿いのパン屋に入って聞いてみたが、遍路道となると要領を得ない。「鴨島駅の方に行けば標識もあるから」と阿波中央橋を渡る道を教えてもらった。

教えられた通りしばらく歩いたがだいぶ遠回りのようだ。今度はアパートの二階でふとんを干している奥さんに尋ねたが、「11番」とか「藤井寺」といいう言葉自体が通じない。四国遍路という文化も、標準コースをはずれると通用しないようだ。

やっと、農家の庭先でおばあさんに道を教えてもらう。とにかく水田の中をどんどん南にいって堤防にあがり「潜水橋」を渡れという。歩き始めると、おばあさんが「まあお茶でもあがっていきなさい」と呼び止める。僕は道に迷ったということで当惑しているのでとにかく道を急ぎたい。遠慮すると「じゃあ賽銭の方がいいか」という。ますますとまどってしまって、とにかくペコペコして逃げるように来てしまった。まだまだ日常の時間感覚が抜けていない。迷ったって、遅くなって予定が狂ったっていいじゃないか…と反省する。お接待を断ってはいけないという遍路のルールを早速破ってしまった。

潜水橋

潜水橋とは何だろうか。川の水底にトンネルがあって、品川水族館や八景島水族館のように、頭上を魚が泳いでいたりするのだろうか。実はそうではない。きのうのたみや旅館においてあった「弱者の遍路」という本で勉強済である。潜水橋というのは、大雨などで川の水量が増したときには潜ってしまう橋のことである。河川敷全体を跨ぐのではなく、中州と中州の最小限の距離を結んでおり、通常の水面にかなり近い高さにある。

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吉野川(の河川敷)
水田のあぜ道をとにかく南に歩き、堤防をよじ登ると吉野川の見事な景観が広がる。ここで昼寝したら気持ちいいと思う。だが「潜水橋」がわからない。左の遠くに大きな橋が見えて車がたくさん走っているがずいぶん遠い。あれが阿波中央橋なのだろう。

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潜水橋
堤防を走ってきた小型トラックの人を止めて聞いてみる。はるかかなたに河川敷を這うように見えるのが潜水橋で、中州を越えてさらにもうひとつ潜水橋を渡れという。

潜水橋の両脇には防護壁や手すりのようなものはない。落ちれば川である。所々に退避スペースがあるが、車が来るとちょっと怖い。ところで、金剛杖は橋の上では使っていけないことになっている。弘法大師が四国を歩いたとき、橋の下で野宿したから、杖の音でその眠りを妨げてはならないのだそうだ。でもちょっと変ですね。この杖は弘法大師の身代わりだし、橋の下にはその弘法大師が寝ていて、高野山には実は弘法大師がまだ生きているという伝説もあるし……、まああまり理屈で追求すると分からなくなる。とにかくわが身の安全のため、ここでは金剛杖の助けも借りざるをえない。

藤井寺で計画変更

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第11番 藤井寺
昼前には第11番藤井寺に着いた。巡拝を済ませてもまだ12時前である。今日の宿泊は、藤井寺近くのふじのや旅館は満室とのことで、ここから3キロ強、鴨島駅近くのさくら旅館を予約している。でも、このまま宿にいくというのも早すぎるし、明日またここまで登って来なくてはならないので、できればこのまま11番から12番の丁度中間あたりにある柳水庵まで行って泊まりたい。でも柳水庵は定員3名である。先約があれば無理だ。納経所の公衆電話で電話してみると「泊まれる」という。

11番から12番へは起伏に富んだ12.3キロの山道である。 いわゆる難所であるが、今日のうちに半分かせいでおけば随分楽になる。良かった良かった。白状すると、潜水橋を教えてくれたおばあさんのお接待を振り切って道を急いだのは柳水庵まで行きたかったからである。さくら旅館をキャンセルする。そのうちにKさんがやってきた。予定変更を話すと自分もそうするといって電話をかける。さくら旅館さん2人も同時にキャンセルしてごめんなさい。

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東戸塚出身のご婦人

さて午後の予定も確定したので藤井寺の前の売店で冷たい飲物を買って休憩する。店の人と 「焼山寺までいくの?」 「いえ途中の柳水庵で泊まります」 「電話した? おじさんが出た? あまり早く着くと、先(焼山寺)まで行けといわれるぞ」 「登り道は弱いのでソロソロ行きます」 「どこから来たの?」 「横浜です」 などと話していると、実家が横浜の東戸塚だというご婦人が話しかけてくる。

東戸塚出身のご婦人の話

今は高松に住んでいる。ここ数日、JR鴨島駅近くのホテルに滞在して、毎日藤井寺に車でお参りにきている。家族の病気の回復をお祈りしている。今日が最後で明日帰る。ここの御本尊は薬師如来なので、病気回復には大変ご利益がある。自分もここの御本尊様にお祈りしたおかげで体の具合が良くなった。実は自分も若いころ(吉野川に橋がかかる前)歩いて88箇所回ったことがある。11番から12番も歩いたはずだがもう忘れてしまった。がんばって下さい。きっと御利益がありますよ。

ご婦人は売店でこんぶあめをお接待してくれた。歩いて回った経験のある人は特に歩き遍路に親近感を持つようだ。普通の生活では、休みをとってお金を使ってハイキングや登山をしている人に赤の他人が食べ物をプレゼントしたりまして小銭を渡したりなどということは異様なことだけど、ここではお接待は、する方もされる方もごく自然だ。しいて言えば、見知らぬ同士が山道で交わす「こんにちは」というあいさつに似ているような気がする。将来四国に住むことがあったら、僕もきっと歩き遍路の人々に喜んでお接待をすると思う。それは、かつて自分が行った歩き遍路の追体験であるかもしれない。

「遍路ころがし」へ

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焼山寺への山道
境内に戻るとKさんがベンチで昼食を始めるところ。一緒にどうだと誘ってくれるが、法輪寺の茶店のおばさんにもらったふかし芋を食べたのでまだ空腹でない。失礼して先に出発する。いよいよ第12番焼山寺への難所(別名「遍路ころがし」)の山道に入る。とたんにペースが落ちて、しばらく歩くうちにKさんに追い抜かれた。

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鴨島の町を見渡す
尾根道に出ると眼下に鴨島の町並みが広がる。 途中、へびに出会った。山道をふさぐようにじっとしている。跨ごうか、金剛杖でつついてみようか…と思っているうちに、へびの方から行ってしまった。

缶飲料1本持って歩いているおじさんに追い抜かれた。随分と軽装だ。しばらくしたらその人が戻ってきた。藤井寺と長戸庵を健康のために往復しているというという。長戸庵(ちょうどあん)というのは藤井寺とこれから行く柳水庵のちょうど中間ぐらいのところにある無人の庵である。そのおじさんによれば、「ちょうど」中間にあるので長戸庵というのだそうだ。

長戸庵に行ってみると、黒と赤のスタンプがおいてあってセルフサービスで納経ができるようになっている。レイアウトの見本も掲示してある。雑記帳が何冊か置いてある。

女子高生の記入

「私達の町に自然に恵まれたこんな素晴らしいところがあるということを初めて知りました。今日は藤井寺から焼山寺まで行って、また藤井寺に戻るところです。」

元気だなあ。

柳水庵

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柳水庵の庵主夫妻
昼食休みも入れて3時間半かけて柳水庵に着く。Kさんは30分以上前に着いていて入浴しようというところ。電話で話した「おじさん」が笑顔で迎えてくれて、「今日は家内が出掛けているので夕食が遅くなってしまうが…」。

ご主人の話

以前は庵の2階も使ってもっと多くの人が泊まれるようにしていたが今は1階の部屋に入れる3人だけにしている。二人とも年取ってしまって2階の世話まではできない。ここにいるといろんな人が通る。最近は若い人も多いね。女の子も来るし。でも、私達が体が動かなくなったらここももう終わりだね。

僕も入浴を終えて全自動洗濯機で洗濯をしているころようやく奥さんがお友達か親戚かわからないががやがやと車で帰ってくる。焼山寺にお参りにいっていたという。何も用意がないのでありあわせで…といいながら、ちらし寿司に刺し身や海老フライもついた立派な食事を用意して頂いた。

奥さんの話

ここは距離的には11番と12番のちょうど中間だが、「午後の足」と「朝の足」は30分は違う。午後に藤井寺からここまで3時間で来た人は、明朝は2時間半で12番に着きますよ。

Kさんが「朝のお勤めは何時からですか?」と尋ねたが「いやうちではやりません」とさばけている。

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