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掬水へんろ館四国遍路の近現代

四国遍路の近現代 森正人四国遍路の近現代 ― 「モダン遍路」から「癒しの旅」まで (創元社,2005年)

四国遍路に関する研究書の中でも、本書は過去100年間を対象として、国家や地域の政策、経済状況、コマーシャリズムが四国遍路の実態にどのような影響を与えてきたかという点を中心に史実の発掘と解釈を行っている点が特徴です。

1905年に大阪毎日新聞が行った「西国三十三ヶ所競争巡礼」をはじめとして、マスメディアが巡礼や遍路を観光や健康といった、宗教性とは離れた観点から取り上げてきたこと、1930年代にはハイキングの一種という見方もあったこと、戦時体制に向けた変容、そして戦後のバスツアーからマイカーへ、そして現代の歩き遍路ブームまで、四国遍路が見せている変容の背景を説明しています。

また、「歩き遍路」という表現は1990年ごろに初めて現れたものという仮説を提示したうえで、戦前・戦後にかけて、徒歩による遍路の意義がどのように変容したかを社会動向との関わりで分析しています。

1937年の「都会人近代人の誰もがかかっている神経衰弱などは遍路に依つて直せさうに私は思つてゐる」(下村千秋、雑誌『旅』14巻3号)という記事が紹介されていますが、「神経衰弱」が時代を感じさせるものの、そのまま現代にも通用しそうな視点です。こうした点以外にも、1930年代以降の動きと1970以降現代にいたる流れには類似点があり、観光との関連だけでなくナショナリズムとの結合も見られると指摘しています。

四国八十八ヶ所霊場会の成立の前史として、長田攻一・坂田正顕・関三雄編『現代の四国遍路 道の社会学の視点から』では、1937年に南海電鉄が中心となって開催した「四国八十八ヶ所出開帳」が紹介されていますが、本書でもこれを八十八札所の初めての合意形成と位置づけるとともに、その後の霊場会成立の土壌となったと推測しています。開催の経緯やメディアの扱い、参加者の反応などを詳細に紹介・分析し、主催者の意図とは別に敬虔な参拝者も少なくなかったという事実を発掘しています。

ところで、当サイトでは白衣に代表される遍路装束について宗教性や伝統との関連で議論になることが何度かありました。本書で示される戦後の史実から見ると、庶民の遍路としては多様だった遍路装束が、白衣・菅笠・金剛杖といった現代のスタイルに収斂してきた背景には、戦後のバスツアーやメディアが大きな役割を果たしているように思えます。


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