掬水へんろ館遍路の本談話室メール
掬水へんろ館迷い犬と俺の「ちょっといい旅」

葦原仲道迷い犬と俺の「ちょっといい旅」 (二見書房,1994年)
本体価格 1553円, ISBN4-576-94035-X

 題名からはこの本が四国遍路の本であるとは誰も気付かないと思います。親友の僧にすすめられ、しぶしぶ遍路に出た著者が迷い犬に出会い、ともに四国を歩いた時のエピソードを面白くつづった本です(遍路の時期はあとがきから1990年代初めと推測されます)。読んでいるうちに自然に笑いがこみ上げてきます。気分が少しばかり滅入っているときに読めば、次第に元気が戻ってくる体験記です。
 犬との出会いは歩き遍路が誰でも心配していることに遠因があります。著者は変に人なつっこい犬に狼狽しますが、これもお大師様の導きと考え、その犬をノラと名づけ、かけ連れを決めます。犬に慣れていない著者は扱いに戸惑うことも多いのですが、一方では犬のおかげで実入りの多い喜捨やお接待にあずかるという、いい思いもします。行く先々で出会う人との会話も面白いです。その中で犬に関する知識も増え、扱い方が少しづつ上手になっていきます。同時に次第に愛着が湧いてきて、結願に近づくにつれ、ノラとの別れの淋しさが生じてきます。
 須崎での少女との出会いが印象的です。犬連れの遍路だったので、かつて犬を飼っていたこの少女も話をしてくれたのでしょう。犬というのは見知らぬ人との間に立って話のきっかけを作ってくれる存在です。
 それにしても四国の人は犬に対してなんとやさしく、おおらかで、気の利いていることでしょう。たまに宿に泊まると、ノラは部屋にあげてもらい、布団の上で仰向けになって気持ちよさそうに眠ります。夕飯ももらい、さらにはドッグフードの弁当、塩気抜きのお握りまで作ってもらいます。車のお接待もうけ、いっしょに車に乗り込みます。
 ところで、現在では犬に対して厳しい寺が増えていますが、著者の遍路当時の札所は犬に寛容で、自由に境内に入れました。評者は1990年頃カミさんと一緒に善通寺に行ったことがありますが、このとき売店の前に(首輪がなかったので、多分)野良犬がおり、参拝者にシッポをふり、愛想を振りまいていました。なかなかかわいい犬でした。こういう光景にはもう出会えません。遍路の面白さはさまざまな出会いにあると思っている評者にとって犬との出会いも面白いことと思うのですが…。しかし、犬を天敵であると考えている遍路(小林淳宏『定年からは同行二人』)や、お遍路の恐いものは犬であるという遍路(佐藤孝子『情け嬉しや お遍路ワールド』)がいることを思うと、犬を締め出すのもしかたのないことかもしれません。
 なお、著者は、犬に振り回されながらも、生きることや生き方など人生についていろいろ模索し、思いをめぐらしながら歩いています。犬とのかけ連れ遍路ですが、僧としての自分を忘れてはいません。

投稿者: 北摂山系お伴の旅人

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