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四国遍路の宗教学的研究 その構造と近現代の展開
星野英紀四国遍路の宗教学的研究 その構造と近現代の展開 (法蔵館,2001年)
ISBN4-8318-5630-4

大正大学教授・星野英紀さんが四国遍路を中心とした巡礼に関して1974年から2001年まで四半世紀にわたって各所に発表を続けてこられた諸論文を軸とし、方法論などに関する書き下ろしを加えて集大成した研究成果です。

初めに、巡礼の基本構造に関する仮説としてV・ターナーの「コミュニタス論」を紹介したうえで、四国遍路における習俗や具体的な体験記録などを根拠として、本仮説が四国遍路の考察に援用可能であると述べています。

研究者ではない単なる一遍路の僕としては、近代・現代の遍路に関する様々な分析が興味深いところです。

愛媛県内の遍路宿に残っていた昭和10年代の宿帳に基づく分析では、この激動の時代にあっても年間1000人ほどの遍路と思われる宿泊客が記録されていることが分かります。

また大正7年(1918年)に24歳で数カ月にわたる徒歩遍路を行って「娘巡礼記」などを著した女性史研究家・高群逸枝の人生には、終生にわたって若き日の遍路体験が決定的な影響を及ぼしていると示唆されます。

現代遍路の体験分析は早稲田社会学会『社会学年誌 40 (1999/3)』 所収の「四国遍路へニューエイジ?−現代歩き遍路の体験分析」がベースとなっており、特に1997年に33歳で徒歩遍路を行った女性SAさんの体験内容が代表的に詳しく紹介されています。遍路の動機は様々のはずなのに、言葉となってこぼれ出る感動や回顧の内容に共通する点が目立つということは、現代において歩き遍路というものがある種の普遍的な価値ないし役割をもっているからに違いないと思いました。ちなみに、団塊世代のAさんというのは、僕のことです。

ところで、今や四国遍路のガイドブックを開くと必ずといっていいほど四国4県を「発心の道場」「修行の道場」「菩提の道場」「涅槃の道場」に対応させて解説しています。しかし、著者によるとこのような意味づけは戦前の資料では明確に確認できず、出版物などで多数確認できるのは戦後になってからだということです。実際、徳島県内の1番霊山寺から歩き始めて変化に富んだ遍路道を体験すると、この四道場論は素直に納得できる意味づけに感じますが、その起源は意外と新しいのかもしれません。遍路の前後に高野山にお参りするというのも、庶民に一般化したのは戦後であって、以前は僧侶だけの習わしだったようです。

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